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2008.11.15

「子供教育」はnpoでと・・母親達

母親のグループ=井戸端会議で人の噂話等と思いきや・・・(笑)
実はとっても良いことを考えついたのである。
「全てが輝いて見えた子供のころ。そんな心を失うことなく持ち続けていてほしい。そして親もいっしょに感動したい。」という気持ちで「子供の想像力をは育む事」を目的にNPOを設立したそうだ。
子供は子供ながらにいろいろな事を考えている。その心はとどまる事を知らないのだ。その素直に考えるという能力をせわしい世の中に紛れ込む我々は日々の生活に必死なため子供の「なぜ?」を潰しているのだろう。
子供が子供らしく大人が大人らしく生きる時代にする為、こうゆうお母様たちを応援したい。

実は、建築的立場からいうと、街づくり、家づくりは子供たちに伝承したいものだと考えていた。
 例えば街づくりのの定義は個々がさほど持つ必要はなくその集落地域に住む人たちの連帯感に生まれると思われるそんなこと等を僕たち大人からお話すると共に子供たちから自由な発想で考えてもらうのも手だろう。

2008.11.13

建築業界のイメージダウンの罪の一つ

合法的に工事を進めたい施主は内容が心配な為、役所に行ったら、役所いくな俺に任せろ工務店に言われたらしい。
工事ははじまり、かなり進みリ500万円支払われた。
施主のいう事聞かないまま、自由に工事を進め
いう事を聞かず、ずさんでいい加減な工事の為、逆鱗に触れ、
工事はストップ。
そして、当方の会に相談、
本日、役所の調査をしたら、予想したとおり
絶対、工事は許されないものだった。
計画自体の取りやめ無くてはならない結果となるのである。
都市計画法、建築基準法違反、排水を流せない等の
事項があり、助けようが無い。
何とかならないかと役所と交渉したがなる要素はどこにもなかった。

困った工務店・・・損害賠償を含めた損害は免れないだろう。
これだから、国土交通省の役人が法律を楯にのさばるようになる。

2008.10.29

恋愛から見た実体経済・・?

20代独身が恋愛消費を控えめにしているという。
そればかりかわずらわしく思うのがアンケートによると28%で
3人に1人がめんどくさくなっている感情である。
そして、恋愛をしていてもデートはお互いの自宅が64%
恋愛をしている人の中で3組に2組が自宅デートとなる。
これはプレゼントにも影響している。
クリスマスに宝飾品を贈った20代の男性は35%に過ぎない。

さて・・これをどう考えるか・・男の立場から見ると「心」は金で買えない
愛があれば金は要らない等と言いたい(笑)
しかし、結婚となるとそうはいかない生活は金が必要なのだ。
そして先をよむならば・・結婚しない男女はさらに増える傾向にあるのも
否めなくなる。
若者に夢が持たせられない日本の将来はまだ暗い。

2008.10.18

オール電化住宅について

新聞の調査によると
住んで解ったことは
メリット
・夏場の台所がそれほど暑くないので助かる
(コメ:間取りによって差はあるけど閉鎖的な台所はとくに暑いですね)
・レンジ周りの手入れが楽になった
(コメ:油よごれが少ないので換気扇の手入れは特に楽だと思います)
・熱帯夜や冬の夜間・早朝に気軽にエアコンが使える
(コメ:時間帯契約の深夜電力利用の契約してるとそうなります)
・光熱費が一本化し、節約の目安を立てやすい
(コメ:一本化しなくても手間はそれほど変わらないと思いますが、基本料金などを注目し、検討すると良いです)

アドバイス:火気使用室ではなくなりますので壁・天井に自由な素材を採用できる。

デメリット
・貯湯式のため、大勢の来客時にお湯が足りなくなることがある。
(コメ:大勢の場合、効率の良い使い方をしなければ水が無くなるのも早いですが、風呂に入る時間帯によっては光熱費も上がりますので気をつけたほうが良いです)
・使える調理器具が限定される
(コメ:現在はスーパーにも対応の器具が多く出回っていますが、今まで使っていた調理器具が使えないのでもったいないこともあります)
・子供に火の怖さを教えられない
(コメ:子供には防災訓練に積極的に連れて行ってください。台所で教えるのは危険な場合もあります)
・床暖房の微妙な温度調節が難しい
(コメ:確かにエアコンのように急な対応はできませんが、微妙な調節が本当にいるのかどうか検討すると良いです)

以上・・料理教室など体験会に積極的に参加し、良いところ悪いところよく見極め検討すると良いです。

2008.10.14

休日の高尾山へ

昨日、久しぶりに東京の八王子の近くにある高尾山に登った。さすがに東京の至近の観光地とあって人が多い。
リフトに乗って山の中腹まで行く。秋の風が心地良い、緑が色づき始めようととするこの季節、眠りにつく前の生気が残る季節、実は空気が一番さわやかなのかも知れない。
リフトを降り歩くとやがて薬王院(およそ1260年前に開山したと伝えられる古刹)に到着する。Ca391263


そこでお参り済ませ高尾山の山頂到着599mと低い山だが眺めはとても良いガスがかかり富士山こそは見られなかったが久しぶりの山歩きで得た願望はとても新鮮でよかった。Ca391265

やがて、徒歩、リフトとつなぎ山を降りる。山に登るとき見られなかった賑わい活気がそこにあった。そこに目立ったのは屋根を貫きどうどうと立つ柿木だった。約150年生の柿木だという。それに負けず劣らずの歴史ある昔旅籠・休茶屋という蕎麦屋だったが、母屋は大正時代に建てられた建物に見えた伝統的建築物だ・・江戸より大事に育てられた柿がこの家の歴史を繋いでいるのであろう。これからも大事にしてほしい。Ca391279


景観・建築的にもいい感じだ。
そしてさらに歩くと豆腐屋があった。二人の美人姉妹が迎えてくれた。(笑)そのうまそうな豆腐を買って家で食した。癖が無くとてもおいしい豆腐だった。一丁300円とちと高かったが、旅の思い出の土産ととしては満足のいくものだった。

2008.10.12

おいしい新米を買いました。

大工さんが作った米でしかも農薬は1回、多くても2回程度
比較的安全な米だ。うちは米族だから・・うれしい

稲作と大工どちらが収入ある?って聞いたら
大工らしい
いまや・・大工だって物づくりだから
そんな多い収入ではない
すると・・稲作農家は利益があがらないのだなぁ

買ったのはコシヒカリだが
純粋なコシヒカリは市場に出回らないという
ほかの安い種類と混ぜられスーパーなど市場に出るのだ
問題は・・混ざられた米でも・・混ぜる量が少ないものならば
コシヒカリなのだ。

もっとも・・事故マイ食わされるよりぜんぜんましだが・・w

そして今日精米してきた。5キログラムって
ことにしたのだけど

米は測っては行かず大体って事で持っていきました。
5キロというボタンをポチッ!っと押して精米するのに成功はしたのだけど
5キロあったのか・・それとも不足だったのかは
定かでありません・・・(謎(笑))

2008.10.05

建築確認がおりない。
書類見ても解らないのならもっと時間的協力しろよ!!
国土交通省で作ったマニュアルどおりも
良いが運用する立場は臨機応変が大事ではないか?
市民は
のんびりして飯を食えるあなた達とは違うのです。
時間の浪費が市民に迷惑かけている
ということを知る由も無い役人
だだこねてる子供のようだ。
訳のわからぬ事をいい権力振りかざし
身を守ろうとしているが
それがなんになる。
いくら、お馬鹿な国土交通省の指導でも
現場がひどすぎ、
あんたらはそっちばかり見て市民を見てないぞって言いたい。
市民サービスをする為に給料もらってるんじゃないのか?
足を引っ張る仕事ならやめてもらいたい
意匠に限っては難癖、意味不明な言動
構造に限っては実務経験も無いまま審査
じっと我慢して聞いてると
ほんと。。疲れる
僕・・誰を相手してるの?子供?赤ちゃん?うううわかんないw(苦笑)

2008.10.02

伝統構法の家推進の理由

それは先人の知恵を絶やさないため

原始時代から日本の建築を支えてきた

構造的にも意匠的にも

先人の知恵は時代を繋げて来た。

そして、各地域の建築も地域性を持って

地域にあったものづくりがされてきた。

そこに人が住むには家が必要だし、街が必要なのである。

そこには支えあう人たちがいて支えあう建築があるし、

支えあう街づくりがある。

今の住まいの考え方は支えあうとか協調性からはかけ離れたものにある

現代の文明型建築は街に対しても自然の脅威に対しても真っ向勝負し、一つの建築で終局させる物になっている。

それは欲望により醜い豊かさで破壊が繰り返される戦争を意味しているそして、滅びる文明社会が暗示されているのだ。

日本社会はかつて、地域社会が主役であった。明治政府になり、本能のまま外国文化を豊かさの象徴として取り入れ、中央集権をはかり、日本社会で培われてきたものを新しさと大義名分の為に強引に培われてきた日本の伝統的文化を一方的倫理を押し付ける法律を楯に排除した。

そして、傲慢の象徴だった戦争は終わり、アメリカの助けの元復興されるが法律の体系は、アメリカ社会の文明に合わせたかのごとく作られてきた法体系は少しも反省することなく引き継がれることになる。それが市街地建築物法から建築基準法へのバトンタッチそして住宅金融公庫法の助けにより益々方向性はスクラップアンドビルドの粗悪的住まいを大量生産生産する結果となる。それは今に繋がる。そのことは欠陥住宅を誘い出し、来年度その恥の上塗りをすべく瑕疵担保履行法が施行される。

その法律が意味しているのは建築業者は10年も持たない家を造る可能性があるから危ないから最初から保険をかけとけというのだ。感覚は交通事故にかける保険なのかもしれない。建築のプロに対し、まったくけしからん話と思える。

その根底にあるのは、先に述べた意味がある。

必要な建物を1棟づつ気持ちをこめつくってもらう仕組みが出来ていたら、伝統的構法を研究し技術の切磋琢磨が出来ていたら10年しか保証しない法律なんていらなかった。

まちづくりしかり、家づくりしかり、もっと地域性を直視し真剣に考えるべき、法律よりそれぞれの技術革新がありそれをつなげていかなきゃいけないことを役人は知るべき、国民暮らしを考えない法の運営だけ考え建築の本文を理解せず、取り締まりとか私利私欲に走る役人及び家を商売の道具としてだけに走る不動産屋等は建築からは直ちに手を引くべきだ。

 地域の豊かな住環境と家造りをする為に伝統構法の家、手造りの家は欠かせない存在だ。人が造り人が住む。これが家づくりの原点である。

2008.09.20

建築基準法は改悪された!

と、改めてそう思う。

行政の倫理を押し付け建築の関係者を全て悪とみなした建築基準法の悲劇はいつまで続くのか・・

とにかく時間がかかるし、金かかる建築確認

大体、民間確認審査機関などという無駄な機関を作ったのがそもそも間違いだ。今回、法律の読み方を間違えているので仕方なく行政に出した。国土交通省の監視の元、おびえているし、法の解釈は間違えるし、目線が違う方向を向いている。そもそも、民間がなんで審査やるんだ?

少なくとも僕が仕事をするときは行政への目線では無く施主へのサービスだし、良い建築を造るにはどうしたら良いかと考えるぞ!(笑)

現在、確認申請に悪戦苦闘している原因の全ては国にあると断言しても良いのではと考えています。
地方行政の問題点も確かにありますが、厳格化という書類審査のみに徹した国土交通省の建築の指導のあり方に問題があると思います。

今回の改正のきっかけである原因は構造偽装です。
現在の審査体制を見ると改悪前の審査体制に問題があったとは思えません。
・意匠ではしっかりとしたチェック内容であったと思います。
・又構造の話では構造の第一の考え方は「地震とか風力等外力、自重に対しもてば良い」という事ですのでこれも問題なし
従って、ただ、無駄な書類と審査項目が増えただけ、今までの意匠・構造等審査体制でなんの問題も無いと考えられます。と、いうのは改正後と改正前では建築の技術が進歩し、安全性が増したとは考えにくいのです。
ただ、厳格化の為に書類審査が長引き国民に多大な迷惑を強いているのです。
本来、改善するべきなのは
・偽造とか偽装など犯罪行為をさせない体制作り
(悪いことする人は一部でありお客から金銭受理しながらの犯罪行為は技術者としては考えられない。圧力がかかってる場合が多いと考えるべき)
・審査する側の技術的勉強不足
(一目見て問題を見抜く力があれば審査にかかる日数は時短できる)

従って建築基準法をみだりに改正したり、厳格化する必要はありません。

迷惑です!!

それと17年改正の増築が出来にくい規定・・あれなんとかしないと、違反が増えます。聞くところによると、既存不適格の定義に当てはめるために。建築基準法が出来る前の建築物についてはそれが建った当時の法律を調べその法律に適合するかどうかを調べろという行政まで出てきたそうである。いったい何を確認したいのか・・的を得ない問題である。
例えば関東震災を経験し、100年程度存在してきた建物でも構造規定で駄目とレッテルを貼ったとして何の意味があるのだろうか??

2008.09.10

現代経済学とはこういうものか?

住まいづくりは手造りでありたい。

その意味は
自然の摂理

戦に勝つ法則は
自然の流れを知り
それに順ずる計なり

大きくなる夢を追いつづけ足元を見ず・・踊らされてきたのだな。それが現代経済学の世紀末
なのだろう。
官僚どもの行き着く先は三笠フーズとの仲良しこよしの間柄
そこには毒が毒を持ち毒を買い毒を売る・・もうどうにも止まらない。
毒を信じちゃいけないよと言われても毒と解らない人たちが苦しむことになる。

その毒は住まいづくりにもある。だが、大量生産という毒が効かなくなった。
効かなくなった病気は次の毒を盛るしかない。
問題は次の毒は金融という毒を又盛られそうなのだ。
多くの毒をもっている人にだけ利のある毒だ。
政府は
アメリカの住宅金融の破綻を横目に証券化を進め、多くの借金をさせようと
優良住宅の名の基に偽り愚作を国民に押し付ける。
生活に行き詰まる日本国民には借金をする余禄はそう残っていない。
いずれアメリカの二の舞になるだろう。

グローバル化の呪縛から開放されるには
必要なものを必要なだけ作り消費する地に足を据えた
ものを考えていかなければ開放されない。
巨大な力の届かないところで豊かな生活の夢を膨らませよう

«教育問題と街づくり

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